催眠療法のセッションを行っていると、しばしば不思議な出来事に遭遇します。
中でも特に多いのが、療法を受けたご本人はもちろんのこと、家族に大きな変化が見られたというものです。
一例を挙げますと、うつ病の改善を目的にセッションを受けられた男性クライアントさんがいらっしゃいました。催眠でその原因を探ってみますと、幼少期に実の母親から毎日のように暴言を浴びせかけられたことが分かりました。
言葉による暴力は、肉体への暴力以上に人の心に大きな傷を残すことが多々あります。このクライアントさん(以下、Oさんとお呼びします)の場合は、母親から「お前は馬鹿だ、クズだ、無価値だ。このまま生きていてもろくな人生を歩めないだろう」と言われ続け、そのことがトラウマとなっていたことが分かりました。
3回のセッションで、Oさんのトラウマを取り除くことができました。その結果、うつ病の症状も大幅に改善しました。
さて、施術から2か月ほどたった頃、Oさんはふと母親を訪ねてみる気になりました。彼女は老人介護施設に入っており、訪問するたびに昔よりもさらにひどい暴言を吐かれるので、Oさんは年に数度しか足を運ぶことをしていませんでした。施設でも彼女の暴言癖は有名と言うより問題となっており、介護士から多くの不満の声も聞こえていたようです。
Oさんは母親が好きだった「きんつば」をお土産に病室を訪れました。すると、すぐに室内の空気が変わっていることに気付いたそうです。「息子さんが来てくれましたよ」と呼びかける介護士の口調もそれまでとは違って柔らかいものでした。
ベッドから上半身を起こした母親の姿を見て、Oさんは驚愕したそうです。表情からは険が取れ、穏やかな笑みさえも浮かべています。お土産を手渡すと、押しいただくように受け取り「ありがとう」の一言。以前は「こんなもんで気を引こうとしやがって!」とシュークリームを床にぶちまけたこともあったのです。
一瞬、Oさんは「母親が認知症になったのではないか」と訝ったそうです。しかし、介護士の「お母さん、最近はとても調子がいいようなんですよ。周りの方ともよくお話するようになって、アクティビティにも参加されるようになったんですよ」という言葉で、その心配はないことが分かりました。それでも、この変化は信じられません。そこでOさんは「いつからこんな感じになったのですか?」と尋ねてみました。
その答えを聞いて、Oさんは再び驚きました。それは自身の3回目のセッションが終わった数日後、幼少期の自分と母親との関係にようやく気持ちの整理がつき、母親を許せるようになった時期とぴったりと重なっていたのです。
今回、ふと思い立って施設を訪れたのも、自分のそんな気持ちを母親に伝えるためでした。それで母親との関係が少しでも改善すればよいと期待されていたそうです。ですが、その必要はありませんでした。その後、Oさんと母親との関係は劇的に改善しました。今では週に一度は施設を訪問し、会話を楽しんでいるそうです。
Oさんからは「一体何が起こったのかさっぱり分からないのですが、これも催眠の効果なのでしょうか?」とメールをいただきましたが、私にも正直良くわかりません。単なる偶然なのか?それとも、集合的無意識の成せる技か?
ただ、催眠療法を行っているとこうした事例には本当によく遭遇するのです。本当に面白いものだと思います。